私は最初、静物画や風景画から描き始めた。そして学校に通ってから、徐々に学んだ技術を使うようになり、さらにそれを発展させた。私はレイヤーや極透明な材料、アイディアをペインティングに映し出す事、隠れた何かを観る者が発見できるものの制作などが好きである。

メイル・サロモン

メイル・サロモンは1947年にエルサレムに生まれ、1968年から1970年までイスラエル有数の芸術学校であるテルアビブのアビニ・スタジオで芸術を学んだ。当学校は1936年に アシャロン・アビニといった有名な芸術家がメンバーとなっているユダヤ人アーティストのグループにより創設された。学内には生徒の作品を展示するギャラリースペースが設けられている。

 

 

2年後、サロモンはアムステルダムにおいて国際的な芸術訓練を受けるためオランダに渡り、1970年から1975年の5年間、リートフェルト・アカデミーにおいてビジュアルアートを学んだ。この間の勉強は彼の芸術スタイルの創作に大変重要な影響を与え、また1975年から1980年の間、オランダのビジュアルアーティスト組合(BBK)のメンバーとなるに至った。このBKKは1945年、第二次世界大戦中にオランダ人アーティストにより創設され、常に芸術政治学の進歩を追求する事に誇りを持つ組織で、この組織のメンバーとなることはアーティストとしてのプロフェッショナル性や地位の確立が認められたことを意味する。

 

 

 その後数年間、サロモンはイスラエル、オランダ、フィンランド、デンマーク、イタリア、フランスそしてイギリスにおいてオランダ国際アート企業数社に参加し、これら全ての国において現代的フォームに解釈した伝統の香りを身に付けた。

1992年、サロモンはアムステルダム市立美術館 (Stedelijk Museum of Amsterdam) の計らいによりジベルニーにあるモネの庭園において2週間絵画をする 機会、また1994年にはクレラーミュラー美術館が保有するプロヴァンス地方にある黄色い家(ゴッホの黄色い家で知られる場所)にて3ヶ月間芸術活動を行うという名誉ある機会を得た。こうした貴重な体験はヴァンゴッホの、オランダ人画家は彼と共に活動できるよう、直接一緒に行うのが不可能であれば精神だけでも、という願いに基づき実現された。

 

 

サロモンはイタリアのキアンチャーノのビエンナーレにおいて二つのファーストプライズを授与。この名誉ある国際的美術館の展覧会での栄誉により、彼の作品は大衆の目に入るレベルにまで到達するに至った。

© 1947-2018 Meir Salomon - all visual art pieces are designed, created and protected by Mr. Meir Salomon. Cookie Policy.